岩手かもめの玉子通販で、三陸最強名菓を堪能せよ!

かもめの玉子

 

私たちが暮らす日本各地には、その地域を代表する産業、そしてそれを担う企業様が存在します。

東京のような大都会であれば、「様々な会社が凌ぎを削り合い、切磋琢磨することにより更なる経済発展への道を進む」というスタイルが定石となりますが、

産業資源の乏しい地方都市では、こうした発展のモデルを実現するのは困難なことと言わざるを得ないでしょう。

こうした事情から、地方都市が発展を遂げていくには、「盤石な地盤を持つ産業と、それをリードする民間企業の存在」が必要不可欠な要素となる訳です。

また、観光以外の産業資源が乏しい地域では、旅行客向けのお土産物製造会社さんなどがこの牽引役を担うことも多く、

「小田原の鈴廣さん」や、「小布施町の小布施堂さん」などは、正に『地域のリーディングカンパニー』として事業の発展を目指しながらも、地域の振興に大きな貢献を果たしておられます。

そして東北の街、岩手県大船渡市にも、土産物の製造においてこうした地域貢献を果たしている企業様が存在しているのです。

本日はそんな土産物メーカー・さいとう製菓さんと、その看板商品である岩手かもめの玉子通販についてお話させて頂きたいと思います。

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かもめの玉子とさいとう製菓さん

黄身餡にカステラで作られた皮、そしてそれをホワイトチョコレートにてコーティングしたお菓子が、岩手の名菓として知られる「かもめの玉子」です。

かなり有名なお菓子ですし、岩手を訪れた多くの観光客がこの商品をお土産として購入すると言われておりますから、「食べた記憶がある!」、「見覚えがある!」という方も少なくないでしょう。

このかもめの玉子を製造されておられるが、岩手県大船渡市に本拠地を置く「さいとう製菓株式会社」となります。

大船渡市は岩手県の南部に存する、人口38,000人程の小さな街。

地域の産業としては水産業をメインに据えておられますが、この街の名を聞いて多くの方が真っ先に連想されるのが、2011年に発生した東日本大震災による津波の被害に関することなのではないでしょうか。

平成23年3月11日の14時46分18秒に発生した東日本大震災は、マグニチュード9という未曽有の規模のものであり、大船渡市でも強いところで震度6弱の揺れを観測します。

そしてその後に訪れた大津波では、死者320人、行方不明者140人、建物被害は3,629棟にも及ぶ甚大な被害を受けることになりました。

しかしながらこの大船渡市、津波による被害を受けたのは、これが初めてのことではありません。

今から56年前の1960年(昭和35年)5月24日には、遠いチリ沖で起きたマグニチュード9.5(チリ地震)の津波が市を直撃し、53人もの死者を出す被害を受けているのです。

実はかもめの玉子を製造されているさいとう製菓さん、こうした街の震災の歴史と密接な関係を持ちながら、今日の発展を遂げられた企業様でもあります。

 

津波とかもめの玉子

さいとう製菓株式会社さんが、ご商売を始められたのは今からおよそ80年前の昭和8年のことであったといいます。

創業者の齊藤政治・キヌエさん夫妻は元々大きな農地を有する豪農でしたが、養蚕業に参入して失敗、全ての財産を失うこととなってしまいます。

その後は炭焼きなど様々な仕事で生計を立てて行きますが、親族の勧めもあり、街に出て「齊藤餅屋」というお店を開業します。

このお店が後の「さいとう製菓」の母体となるのですが、当時はまだ餅の専門店としての営業でした。

その後、第二次大戦により営業を中断しますが、戦後に事業を再開。

しかしながら、時代の移り変わりと共に餅の需要は落ち込んで行き、新商品の開発を余儀なくされたといいます。

そして当時、店を取り仕切っていたのは、夫妻の息子である俊雄氏であり、彼が開発した新商品ことが現在の「かもめの玉子の原型」となる商品だったのです。

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この時代のかもめの玉子は、その形状もまだまだ不整形なものでありましたが、カステラにマーガリンを練り込んだ生地と黄身餡の取り合わせは、

非常に斬新で美味しいと高い評価を集め、地域のイベントでの賞品として採用されるなど、その人気は一気に高まって行きます。

ところが、店を取り仕切る俊雄氏は身体が弱く、その状況に不安を覚えた社員たちが次々と離脱、遂にかもめの玉子はその生産を中止せざるを得なくなってしまうのです。

それでも細々と店の営業は続けられておりましたが、昭和35年、チリ地震が発生し、街は大きな被害を受けてしまいます。

齊藤家も流された家屋の直撃を受けて全壊状態となり、見慣れた街は惨憺たる有り様となっていました。

そしてここより、「さいとう製菓と大船渡市の復興への長い道のり」がスタートします。

お店の建て直しに先駆け、学生だった俊雄氏の長男・俊明氏も店の手伝いを開始。

そして着手したのが、製造を中止していた「かもめの玉子」の復活であり、『以前よりも更に美味しいものを』という志の下、試行錯誤が繰り返され、現在のかもめの玉子が開発されていくのでした。

そして、この商品は大ヒットを記録することとなり、さいとう製菓さんと街の復興に大きな貢献を果たすこととなるのです。

かもめの玉子2

 

実食!かもめの玉子

さて、そんな歴史を持つ「かもめの玉子」を実際に食してみれば、濃厚な黄身餡をマーガリン入りのフワフワ生地とホワイトチョコレートで包んだそのお味は抜群の逸品であり、

かなり食べ応えのあるボリューミーな容量ながら、2つ3つとついつい手が伸びてしまう、上質な和洋菓子へと仕上げられています。

また、開発段階においては、本物の玉子のような外見を再現するのに、相当な苦労を重ねたと伝わりますが、

その見た目は非常に可愛らしく、ビジュアルの素晴らしさもこの商品の大きな魅力なのではないでしょうか。

チリ地震に続き、東日本大震災においても甚大な被害を受けた大船渡市ですが、

さいとう製菓さんのような企業様がおられる地であれば、必ず震災以前にも増した復興と発展を遂げられるはずです。

震災復興へのお手伝いともなる岩手かもめの玉子通販で、大船渡の滋味をご堪能頂ければと思います。

かもめの玉子3

 

かもめの玉子について管理人より一言

親戚が岩手県に住んでいる関係で、子供の頃からかもめの玉子を食する機会が多かった管理人。

当時は単なる「ありがたいお土産」程度の認識だったのですが、大人になって改めて頂いてみると、

その洗練され尽くしたお味は、下手な有名菓子店など及びもつかないクオリティーであることに、気付かされます。

この素晴らしい名菓をブログで紹介しない手はないと、早速、筆を取ってみたのですが、

記事の資料集めに際して、このお菓子と製造メーカーさんが「地震や津波という自然災害と戦いながら、かもめの玉子という傑作を生み出して来た」という歴史を知ることになりました。

東日本大震災から早くも5年が経ちますが、被災地での復興に向けての戦いはまだまだ終わっていないのだということを、思い知らされた気が致します。

この機会に岩手かもめの玉子通販を是非ともご賞味頂ければと思います!

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出典 ウィキペディア・かもめの玉子

出典 さいとう製菓HP

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