フジバンビ黒糖ドーナツ棒通販で、進化したかりんとうの滋味をご堪能あれ!

黒糖ドーナツ棒

 

私たちの国「日本」は、様々な意味で諸外国とは異なる文化を持った国であると言われています。

例えば普段から使用している日本語も、その文法を紐解けば、英語やフランス語等の西洋の言葉とも、お隣の韓国や中国とも全く異なる形態を有しています。

こうした日本の特異性は、食というジャンルにおいても顕著であり、大陸からの強い影響を受けながらも、「刺身」や「蕎麦」など固有の食文化を築き上げて来ました。

そんな我が国の食文化において、特に強い個性が噴き出しているものの一つとされるのが、「駄菓子」の文化であると言われています。

高い技法で作られる和菓子というスウィーツのジャンルを持ちながらも、日本人の心に強い思い入れを残す「駄菓子」とは一体どのようなものなのでしょうか。

そこで本日は、駄菓子の元祖とも言われる「かりんとう」と、今人気を博しているフジバンビ黒糖ドーナツ棒通販ついてお話してみたいと思います。

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かりんとうの歴史

このブログをお読みの方々の中で、一度もかりんとうを食べたことがないという方は、まずおられないでしょう。

強烈な黒砂糖の風味があるため、得手・不得手はあるでしょうが、我が国に生まれて「かりんとう」を一度も食べずに、生涯を終えることはまず不可能でしょうから、

このお菓子は日本人にとって、如何に大きな存在感を有しているかを痛感させられますよね。

かりんとうが日本に伝えられたのは奈良時代とされており、彼の有名な遣唐使が中国より持ち帰った「唐菓子」がその原型とされています。

以来、京都の貴族たちの間で「捻頭(むぎかた)」という呼び名で、人気を博していくこととなりますが、

当時は大変な高級品であったこともあり、この菓子を食べる風習は関西のみに根付いていったとされます。

そんなかりんとうが関東に伝えられたのは、江戸時代の天保年間、第12代将軍・徳川家慶の頃であったとのこと。

そして、かりんとうのお味は江戸っ子たちに大変気に入られたらしく、当時の江戸には200人以上もの売り子が存在したと言われています。

黒糖ドーナツ棒3

 

やがて日本は維新を迎え、明治時代へと時代が切り替わりますが、この頃からかりんとう作りは、全国に伝播。

安価で誰もが楽しめる駄菓子として、その名を轟かせていくのでした。

外国との貿易活動が殆ど行われない江戸時代までは、砂糖は大変な「貴重品」であり、当然これを使用した和菓子も大変に「高価な食べ物」となっていました。

時代が明治に入ると、砂糖も安価に手に入れられるようになるますが、和菓子の作り手たちはこれまでの格式を守るため、

その値段を下げることは行わず、庶民はなかなかお菓子を食べることが出来ずにいたのです。

こうした背景から、貧しい庶民でも手に入る菓子、つまりは駄菓子のニーズが生まれ、これにピッタリと合致したメニューが「かりんとう」だったという訳なのです。

以来、様々なお菓子が駄菓子として人々の舌を楽しませていきますが、記念すべき駄菓子第一号がこの「かりんとう」であったことは、疑いの余地がありません。

しかしながら、美味しいスウィーツが溢れる現代では、かりんとうは「昔のお菓子」、「物足りないお菓子」というレッテルを貼られてしまっていることも確かですよね。

そこで今回は、このかりんとうを更に美味しく進化させたフジバンビ黒糖ドーナツ棒をご紹介したいと思います。

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黒糖ドーナツ棒誕生秘話

「黒糖ドーナツ棒」というネーミングのお菓子を初めて聞いた、という方も少なくないことでしょう。

こちらのお菓子は、熊本県にある駄菓子メーカーさん、フジバンビが提供されている黒砂糖系のスウィーツとなります。

戦後間もない昭和23年に創業されたこの会社さんは、食糧難に苦しむ日本の子供たちに美味しく安価なお菓子を届けたいとの、熱い思いの下に創立された企業様です。

駄菓子の製造業者というと、「高級菓子を作るノウハウがないのでは?」、「コストを下げることばかりに固執しているのでは?」といったイメージを持たれがちですが、

この企業様は『庶民に愛されるものを作ってこそ、お菓子を作る意義があるのだ』という高い志を持って業務に励んでおられるとのこと。

 

しかしながら、こうした高い理想とは裏腹に、フジバンビさんの創業からの歴史は、波乱に満ちた道のりでした。

創業以来、駄菓子の製造で順調に業績を伸ばしていたフジバンビさんですが、昭和45年には製造工場の2/3を焼失する火災に見舞れます。

これだけでも大変に大きな損害ですが、悪いことは続くもの。

その2年後には日本中を揺るがせた「カネミ油事件」が発生します。

この事件は、カネミ油と呼ばれる食用油に汚染物質が混入したという騒動であり、

フジバンビさんはこの油を一切使用しなかったのにも係わらず、風評被害を受け、全く製品が売れなくなってしまったのです。

「このままでは会社が傾いてしまう・・・」、そんな状況の中、当時の社長・藤原守雄氏の右腕であった社員・吉田高成氏が事故で入院することとなります。

会社が大変な時に、戦線を離脱する自分を許せず悶々とする吉田氏に、

社長は「ゆっくり休め、そして入院中、これまでにないようなお菓子のアイデアを練って来い!」と告げ、吉田氏を送り出したと言います。

渋々、社長の言葉に従った吉田でしたが、それ以来、病室で必死に新商品の開発に打ち込んだのです。

時には深夜に病院を抜け出し、会社に舞い戻っての開発作業を繰り返し、ついに誕生したのがこの「黒糖ドーナツ棒」でした。

これまで、カリカリの食感を得るために、しっかりと揚げの作業を行っていたかりんとうを、敢えてカステラ状に、まるでドーナッツの仕上げられたその一品は大変な美味であり、

この商品のヒットを切っ掛けに、フジバンビさんの業績はみるみる回復していったと言います。

 

実食!黒糖ドーナツ

さて、そんなフジバンビ黒糖ドーナツ棒を頂いてみれば、一口食べた瞬間、黒砂糖の豊かな味わいが口内全体に広がって行きます。

また、油で揚げた小麦粉製品ということで、重い食感を想像してしまいますが、その口当たりは非常に軽い上、

胃にもたれることも全くないという、見事なかりんとうドーナッツへと仕上げられているのです。

現在、昔ながらのかりんとうは徐々にその売り上げ落としているといいますが、この黒糖ドーナツ棒は近年になりむしろ出荷数を向上させているとのことで、

「日本最古の駄菓子・かりんとう」の新たな形として、その名を全国に轟かす日もそう遠いことではないでしょう。

そして、そんな注目のお菓子を自宅に居ながら楽しむことの出来る、「フジバンビ黒糖ドーナツ棒通販」を、この機会に是非ともお試し頂ければと思います。

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黒糖ドーナツ棒について管理人より一言

実は、あまりかりんとうが得意ではない管理人。

母親が大のかりんとう好きであったため、子供の頃から大量に食べさせられ過ぎたのが、その原因であるようです。

大人になり、ご当地グルメの収集を始めてからも、なるべくかりんとう系の商品は避けて入手していたのですが、

見た目からドーナッツだと思い込み、うっかり購入したのが、こちらのフジバンビ黒糖ドーナツ棒でした。

しかし実際に食べてみても、これが「かりんとう」とほぼ同じ製法で作られた菓子であるとは全く気付かず、

本ブログ掲載のため、商品情報を調べる段階で初めてその事実を知りました。

「もはや古いお菓子」という認識であったかりんとうが、これ程の可能性を秘めているとは・・・、正に目から鱗が落ちる逸品であると思います。

なお、この製品を開発した吉田氏は、現在フジバンビさんの社長に就任されているとのことで、

誕生の逸話を思い浮かべながら、本品をお召上がり頂けば、その美味しさ一入(ひとしお)のものとなるのではないでしょうか。

懐かしさと新しさが見事に融合を果たした熊本の味、フジバンビ黒糖ドーナツ棒通販をお試し下さい!

黒糖ドーナツ棒3

 

 

 

 

 

出典 ウィキペディア・かりんとう

出典 株式会社フジバンビHP

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